
ニセ30歳でニセ編集長のサカタだよ(まだいってる)が時折ニセ俳句をひねることをご存じか。
それはたとえばこのようなものである。
連盟や 笑いのセンス 原始的
どんな連盟にもパワハラのイメージがあるので、そこからの連想できっと笑いのセンスが原始的
なんだろうと思っているうちに季語のない俳句のようなものが胸の奥底から生まれてきちゃった。
連盟の笑いのセンスが原始的なら協会の笑いのセンスも似たり寄ったりに違いないから、
協会や 笑いのセンス 原始的
おそらく場をなごませる意図もあってマウンティング的な冗談か下ネタを連発する人が出てくる。
それがひとつも面白くないのに笑わなければならない空気があって居たたまれない気持ちになる。
具体的な協会を思い浮かべているわけじゃないことは連盟の場合と同じで、省庁だってその通り。
官僚や 笑いのセンス 原始的
面白いことを、わざわざ面白くない言い方で台無しにしてしまう一方で何が面白いのか自分だけ
クククと笑っている。大昔から変わらない面従腹背の笑いぐらいしか心のセンサーにかからない
と先ほどから申し上げております次第でございます。
政界や 笑いのセンス 原始的
大勢の人に受け入れられるのは繊細なセンスではなく原始的な、金と力に置き換えられるような
パターン化したものだけ。特徴や個性は邪魔なもの。最小公倍数の冗談だから口は笑っていても
目が笑っていない。だから面白いというより怖い。
宴会や 笑いのセンス 原始的
宴会も人数が増えるほど最小公倍数の笑いで回るもの……だからか、少人数の飲み会は好きでも
原始的な営み。若いのにパリピなんて何が楽しいんだろう。酒好きの宴会嫌いはどうしてなのか
ニセ俳句をひねったら見えてきたものがある。ニセ俳句は心の鏡。ニセ俳句とはただの悪口……
ニセ俳句がいちばん原始的だった。
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