
馬を指して鹿となす……間違いを、すぐに認めて謝ればよいものを、撤回も謝罪もしないで頑固に言い張り、うやむやになるのを待つのだが、うやむやにならない場合とても困った立場に追い込まれる。自分が困るだけならともかく、それなりの立場の者が馬を指して鹿となすタイプだと部下が自ら命を絶ち、一般の人に累が及ぶ。当の本人は世界の中心で咲き誇るつもりになり、取り巻きがちやほやするので、鼻つまみ者はますます増長していく。
形だけ女性総理
女性初には変わりないが、女性の代表とは言い難い。やってることは旧態依然とした男と何が違うのか。男の悪い所を集めて煮詰めたようだから、もう男だの女だの性別で人をくくるのは見合わせたほうがいいかもしれない。強いて言えば、セクシズム見直しのきっかけになる点が結果的によかったかも。
朝三暮四ならまだしも朝零暮零
昔々おさるさんたちが朝に三つ暮れに四つどんぐりを与えられると聞いたら現代でいう炎上騒ぎになり、それでは朝に四つ暮れに三つどんぐりを与えようと聞いて大喜びした故事から「朝三暮四」という熟語(故事成語)ができて二千年……現代の人間たちは、なぜか朝に零で夜も零の見返りで大喜び。
クマより怖いカルトな人たち
クマの被害が増えたのは確かだけど人数にして年間200人ほど。それに対しカルト宗教に毒された代議士は国政の場に同じくらい。被害者は数えきれない。増税に社会負担増に人口減少に憲法改悪に軍備増強……そして物価高と収入減。すべてカルトの思う壺。
台湾有事より高市有事
世界中どこから見ても禍を招き寄せてるのは台湾の情勢より部外者の失言。いつでも、どんなときも、言わなければいいことを言って謝罪も撤回もしないで騒ぎを大きくし、最終的に知らんぷり。それが通用する立ち位置ではもうない。あの人は有事。
出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は抜かれる
これまで出過ぎた杭は抜かれないを信念にしてきたかもしれないが、すんでのところで出過ぎていなかったから抜かれずに済んだだけのこと。本当に出過ぎた杭は抜かれるもの。早く抜かれてくれないかな。
身を切ると称して腹を肥やしつつ首を切る
切るのは自分ではなく他人の身ばかり。お仲間と私腹を肥やし、反対する者らの首を切る。これがいつものやりかた。何十年も変わらないのに、いつまで騙されるんだろう。取り返しがつかなくなっても、生命の危険に晒されても、ずっとなのかもしれない。
溺れる国は民をも虐ぐ
溺れる者は藁をも掴むように、溺れる国は民をも虐ぐ。民を沈めてわずかな間だけでも一部のお友達だけ浮かび上がろうとする。そんなことをしても結局は沈むだけ。
不適材不適所
時間稼ぎのみで真剣に対処するつもりがないから、よりによってあんなのをそんなところへ??適材適所とはあべこべに不適材不適所ばかり横行してしまう。ますます沈む。
極右から見ると右翼は左翼
自分のことを普通と信じて疑わずにいると、いつのまにか極右にかこまれて極右を普通と思い込み、そこから見れば右翼が左翼に見えてしまう。カルトの信者と同じで普通に戻ることは至難の業。それができるなら初めから普通を見失わない。
WIN-WINは周囲が迷惑
ウィンウィンの関係なんて誇らしげに口にするとき、当事者どうしはそれでよくても、周囲に被害を及ぼしているケースが非常に多い。あまりWIN-WIN、WIN-WIN言わないほうがいい。「盗人猛々しい」「憎まれっ子世に憚る」と日本語では言い表す。
不健康で非文化的な最低限度を下回る生活
憲法で保証される「健康で文化的な最低限度の生活」さえ現憲法の下でないがしろにされがちだから、これでカルト宗教の悲願である改憲が行われたら「不健康で非文化的な最低限度を下回る生活」が保障される。
自助努力は強いるのに自浄努力はしない自称保守
自称保守はあくまで自称にすぎず、その実態はといえば反動にほかならない。自浄努力はする気もなく、お仲間どうし不正な権益を確保して、あまねく一般人には自助努力を強いる。腐敗した人たちに何を期待できるだろうか? いや期待できない。反語表現を使ってみた。
左翼が保守で保守は極右で
入れ替わりパラドックスの古典的名作「おれがあいつで、あいつがおれで」みたいに、混迷した世の中では保守と革新と反動がごっちゃになって、もはや古いものさしが通用しない。左翼が保守で保守は極右で、極右は普通と自称して、言葉をそのまま受け取ると騙されるから要注意。
ワークライフバランスを捨てるバランス感覚のなさ
自分が捨てるだけなら勝手にすればいいけれど、結局は周囲を巻き込み迷惑をかけて、はかばかしい成果も得られず頓珍漢なことばかり強引に推し進める。はたして行き着く先は?
進め一億ホームレスだ!
せいぜいウマくいっても、こうなるシカないのでは? 冗談ではなく、近い将来「あゝ図星だった」と回想しそうで怖い。ウマを指してシカとなすんだもん。